TALK - 01 “ 写の視点 ”
司会 今回のテーマは写です。大野刀匠は写をどう捉えておられますか?
大野 私が独立する前から寒山先生が写物を奨励していました。姿をキチンと作れたら、努力賞をやってよいぐらいのことを言っておられました。例えば目標とする刃文が丁子なら、一文字、一文字といったら鎌倉中期、その鎌倉中期の姿をちゃんと解って作れたなら・・・と言っています。つまり時代という事ですよね。その時代の姿を作れるかどうか、それを研究するために写物をやりなさいという事です。
中原 確かに、刀の基本は古刀に全ての原点があると言わざるを得ません。刀の鑑定にしても、銘にしても全て古刀が基本にある。刀が現われる前は太刀ですからね。だから太刀が作れないと、つまり、太刀姿を正確に把握していないと、刀姿は太刀姿とどこがどう違うのかわからない。第一、みんな太刀と刀の区別をしていないよね。
大野 そうなんです。銘をね、太刀銘で切ったらみんな太刀って言いますよね。でも、肥前刀は刀として扱います。しかし現代刀は太刀銘で切るとなぜか太刀になってしまいます・・・
司会 太刀の明確な基準はあるんですか?
中原 いえ、明確な基準は示していません。というか、一応の見極め方があります。室町初期以降を刀、それ以前を太刀という考え方がある。じゃあ、無銘はどうするのか・・・本阿弥家では昔から刀として扱っています・・・刀です。無銘の製作年代は推測ですから。
体配や姿もそうだけど、刃文についてもみんな誤解している。刀を作ったことのない人のほとんどが土置通りに刃文が出ると思っているけど、実はそうはならない。
大野 それは声を大にして言いたいです。土置通りにはならないと!! コントロールするには研究と訓練あるのみです。今は、材料はみんなほとんど一緒。・・・写物をなぜやるのかというと“研究”なんですよ。
司会 大野刀匠は研究と言われました。それは何を示しているんですか?
大野 要は、どこで自分の技術を上げるのか、磨くのか。その目標がないと前に進めません。そうなると古い例に目を向けざるを得なくなります。それが“写”です。技術の向上は“そこ(写)”に求めざるを得ないと言ってもよいぐらいです。
私が独立した年だったと思いますが、全国大会に本歌の山鳥毛が出たんです。手にとってみたのはその時が初めてで、これは凄い刀だなと思った・・・なんとかこれをやりたい。これ一振、一生かけて山鳥毛を追いかけてみようと思った訳です。見た時の感激が私を衝き動かしたのです。
司会 その本歌ですが、上越市が入手して今後は一般公開されます。若い刀工にはぜひ行って見てほしいですね。
中原 いや、見ても目標とするかな? 大野 若い人達に期待しますよ。写をやって独自の山鳥毛を作り出してほしいなって。
司会 大野刀匠はどの辺から本歌の写ではなく、自分の山鳥毛(大野丁子)だと言えるようになったんですか。
大野 そんなことはありません、私の作はやっぱり写ですよ。確かにやり方も違うし材料も違うから完全には写せないんですがね。結局、今のやり方でここまでしか出来ない。
中原 ほとんどの刀工が同じ玉鋼を使っているわけでしょう。だから、いかに他の刀工と技術差というか技の違いを出すか、見せるのか、結果を出すのか・・・
大野 私がこれを発表した時、鞘師の方が「今までは形というか腰樋や彫を入れたりとかで写だと見当がついたけど、刃文で見当がついたのは君のが初めてだよ」と言われて嬉しかった。
中原 写をやるには、見てどうのこうのに加えて、資料集めが大変ですね。
大野 ええ、一つは資料集めです。まずは手にとってみて、感触なりイメージを焼き付ける。その後で資料を集めて、それからですね難しいのは・・・。
司会 日刀保にはこの山鳥毛の全身押型があるはずですよね。
大野 おそらく採っていると思います。一応、刀剣美術に掲載していますから。
司会 だったら、それをコピーして使いたい人に提供したらいいんじゃないですか。
大野 私が持っているのは寒山押型です。
中原 今度、上越に来たら採らせてくれないかなー、無理か〜
写物に必要なこと・・・まずは目標を持つ、そして何に迫るか? 迫るためにはどういう地鉄の組み方をすべきか、卸し方、あるいは土置、温度をどうするか・・・様々な条件がいくつもあって、それが整然と最大公約数のところにくると完成に近づく。これらが一つでも外れるとおそらくダメだろうね。
大野 完成に近づくためにはそうです。ただし、ある程度熟練の技術がないと・・・最初は重さから計算する。そして自分の刀を焼入すると何分反るのか?それを計算に入れなきゃいけません。
司会 それは同じ材料を使っても、造込とかで反加減が違ってくるんですか?
大野 反加減っていうのは、相州伝とか備前伝とかの造でも違ってきますし、また、高い刃と低い刃ではまた違います。一番反るのは細直刃です。ものすごく反ります。それに対して山鳥毛のような刃はあまり反りません。
中原 反のある姿・・・反の意味は用途別からきているけど、700年間という減りを考えないで、基準とするのはいけない。変形しているからね。その変形を熟知しているのは腕利きの研師だろうね。
司会 大野刀匠は、中原先生が言ってるように写をやるなら対象となる太刀の元の姿を想像しているのですか?
大野 ええ、もちろんです。いろいろ考えます。
中原 寒山先生が写物を奨励していたのには、姿以外に目標とさせたものがもう一つあった。それは、移の再現! イコール古刀の再現だと解釈していいと思う。これは古刀の備前には不可欠・・・口では言わなかったけどね。